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yuuの一人芝居

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小説 秋の路


 瀬戸大橋の全貌です 借り物です


この小説は 海の華の続編である 冬の華の続編である 春の華の続編である 夏の華の続編である
秋の華
の続編である 冬の路の続編である 春の路の続編である 夏の路の続編である彷徨する省三の青春譚である。
この作品は省三33歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。

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秋の路 枯れ葉踏む道は 果てしなく遠ても・・・。

 秋の路

1

 省三は何度か芳子を送っていった。その都度肩を抱くだけだった。公演が終わったらどうなるのだろうと思った。
 芳子はそれ以上を望んだが、前には進まなかった。

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        石井は思い余って飛び出してきて、二人の後ろ姿
        を見送る。
石井  花江ちゃん、雄三ちゃん・・・{小さく言った}
文造  見たか、子供達は心に大きな傷を持つていても、それを乗り越えようとしているではないか。
石井  {聞こえない振りをして、蒜山三座に視線を投げて}綺麗、若い木立ちが芽を吹いていて。
文造  懐かしいか。
石井  以前と少しも変わっていないわ。
文造  人間の心だけが変わったと思うか?
石井  それは・・・
文造  来て良かっただろう。家に閉じ篭もっていては身も心も滅いるだけだ。なにもかも忘れさせるためにここへ連れてきた。
石井  {教室の中を見渡している}・・・
文造  長太君の笑顔を思い出してみろ。
石井  お父さん、言わないで・・・
文造  おまえの心にそんなに深く重く・・・だから、ここで解決して欲しいのだ。出発した時の心で、場所で、あの頃のおまえに帰って欲しいのだ。
石井  ここには余りにも悲しいことが沢山有り過ぎます。
文造  分かっている。あの時は本当の事を言ってはいけない時代であった。{遠くを見つめて}私にだって、おまえと同じように深い悔恨はある。私が多くの傷兵になんの手当ても施す事無く見送ったことが、軍医として殺人者だと言うのなら、そう呼ばれても仕方がない。が、しかし、手当てをしようにも薬と言われるものはなにもなかった。アルコールが少々それに綿、それだけで一体なにが出来た。助かると分かっていてもなにもしてやれなかった。ただ、手を握ってやりお座なりの元気付の言葉を投げてやることが精一杯だった。その時ほど、医者として辛い事もなかった。悔しいこともなかった。
 だから、お前が一人の教え子を引き止めることが出来なくて、死なしてしまった思いからくる苦しみや辛さは痛いほど分かるのだ。お前の純粋な心にその悲しみはくさびとなって打ち込まれていることだろう。が・・・何時までもその事に心を痛めていて一体なにが生まれると言うのだ。長太君を行かせたくはなかった。が立場上行くなとは言えなかった、そのために・・・
石井  あの時、先生が行くなと言うのなら行かないとはっきり言ったのです。今でも、あの時の声がこの耳に残っているんです。瞼に思い詰めた悲しそうな顔が焼き点いているのです。
文造  例え、お前が引き止めたとしても、校長や村長んが手続きを済ませていたと言うではないか。お前が止めていたら、非国民として憲兵に引っ張られ、より長太君を苦しめることになっていたかも知れないのだぞ。
石井  私はその方が・・・あの時の顔、あの時の瞳・・・
文造  忘れろとは言っていない。何時もその心を大切にして生きて欲しいのだ。
 私も、多くの死んでいった傷兵の顔を心の中に刻み、これからの医療を考えてゆく積もりだ。
 お前は、教職に戻れ。そうして、二度と不幸で悲しい物語を創るな。それがせめてもの、これから生きる人間の、いや生き残った人間の勤めであると私は考えるのだが。
石井  ・・・出来ません、今の私には・・・
文造  お前は、今のままで良いと考えているのか、そんな人生しか歩めんのか。それがお前の本心としたら寂しすぎる。そんな自分自身のたのにだけ生きるような考えを教えた覚えはない。もう一度教育の現場に立って過ちを償え。長太君のためにも教壇に立て。過ちを二度と起こさないためにも・・・
石井  お父さん・・・
文造  今のようなお前を見るのは辛い・・・お前に教育者への未練が無いのなら早く嫁に行け。行ってもろくな嫁にはなれんだろうが。
 私は思う。時代の流れ中で人間がどのように生きるか、そして、どのように生きたかを次の世代へ向けて語る、それが真の教育だと考えるのだが。
石井  お父さんのように、私は強くもないし、勇気もありません
文造  柳井中尉はお前に何と言った。
石井  お父さん・・・
文造  お前に、良い先生になってくれと・・・
石井  そう、良い先生に・・・明文さんが・・・
文造  そして、九段には来ないでくださいと。
石井  そう、九段には来るなと・・・
文造  その言葉の意味が分からんか?私は二度と戦争と言う愚かなことを起こすな。そして、教え子を二度と戦場に送るなと言う思いが込められていると読んだのだが。
石井  二度と戦争と言う愚かな事を起こすな。・・・教え子を二度と戦場に送るな・・・
文造  そうだ。お前は愛した人の志を受け継ぐ義務がある。そして、長太君を二人と出してはならんと言うことだ。
石井  長太君を二人・・・
文造  そのためにも教職へ戻れ。
        「さあ、昼飯にしょう。入った、入った」
        校長の声がして、校長、花江、健次、雄三、お雪
        、春子、杏子、その外子供達が入ってくる。
        石井、文造の背に隠れようとする。
校長  石井先生!
石井  {顔を横に向けて}お久しぶりでございます。その節はご迷惑をお掛けいたしました。
校長  いや、いや、なんの。あの時は身も心もぼろぼろにならん方がどうかしていたんです。{文造に}この度はすいませんでした。{頭を下げた}
文造  いや、こちらこそ。
        「先生」「石井先生」「せんせえ」と子供達はま
        ぶれついていく。
        石井、みんなを抱えるようにして。
石井  みんな、元気そうね。
花江  先生、学校に帰ってきて。
健次  そうじゃ。帰ってきてくれ、みんなと遊ぼう。
花江  遊ぶんじゃのぅて勉強するんじゃが。
雄三  そうだよ。
健次  なにを!
校長  こら、止めんか。そんなことを言うて喧嘩をしていたら、石井先生は戻って来てくださらんぞ。
春子  おとなしくして良い子になりますから、帰ってきてください。
健次  おらも、もうわるさはせんから・・
花江  そうじゃ、ええ子にならんといけん、悪さをしたらおえん
健次  チェ!なんじゃ、お花だけがええ子になってからに。
お雪  先生、帰ってきて。
石井  お雪ちゃん。
お雪  先生、うち、もう泣き虫お雪じゃねえけえ。
石井  お雪ちゃん{と言って抱く}
健次  おらも、もう、くよくよしとらんけえ。
石井  健次君、そうね、そうよね。
杏子  せんせい、かえってきて。
石井  あなたは?
花江  長太ちゃんの妹の杏子ちゃんじゃ。
石井  あなたが長太君の・・・
杏子  うん。
校長  今日、石井先生が来られると言うことでしたから・・・長太君のお母さんにも。もう、おつつけ来られるじゃろう。
石井  私は{逃げ腰になる}
文造  逃げるか、逃げて一生暮らすか。
        「先生」「せんせい」「せんせえ」と子供達が叫
        ぶ。
石井  {頷きながら}私を、私をそんなに、こんな私に・・・
        おせつ、登場する。
おせつ  先生様。
石井  お母さん。
おせつ  あん時は真にすいませなんだ。何にも知らんで・・・
石井  いいえ、あの時のお母さんのお気持ち・・・
おせつ  あん時、うちはどうにかしとったんですらぁ。先生様は、うちとの約束を守ろうとしてくださいましたこと、後で聞きましたで、何度、先生様のお宅へ足を向けたか知れませんのんですんじゃ。が、どうしても行けませなんだんですんじゃ。
石井  おかあさん!
花江  うち、あん時、先生から言われて、長太ちゃんを追い駆け、よう考えるよう先生が言われとると言うたもん。先生が目に涙を一杯に浮かべて言われとった顔を、うちは覚えとるもん。それを長太ちゃんに言うたもん。
石井  花江ちゃん。
花江  でも、そいでも、長太ちゃんはもう決めたと言うて走ったもん。
石井  花江ちゃん、もういいのょ、いいの・・・
花江  毎日毎日、冬になると履きもんをストーブで暖めてくれた、先生の心の暖かさは忘れんと言うて走ったもん。勉強の出来んわしをおそうまで教えてくれたことを忘れりゃあせんと言うて泣いて走ったもん。
石井  {花江の頭を抱いて}いいの、もういいの。有難う、有難う。
おせつ  先生様、勝手なお願いじゃが、杏子を長太と思うて教えてやってつかぁさい。{頭を深々と下げて}この通りじゃ、うちがわるうございやした。どうか、この子らのために帰って来てくだせえ。
        おせつ座り込んで何度も何度も言う。
        「帰って来て」「先生「せんせいかえってきて」
        子供達の声が飛びかう。
石井  おかあさん・・・許してくださるのですか・・・
おせつ  先生様、許すもゆるさんも・・・
        石井、おせつの手を握りしめた。
石井  皆さん、有難う。私はもう逃げません。どんなことがあろうと、私は子供達のために頑張ります。この子供達を辛い思いや、悲しい思いや、ひもじい思いをさせません。私はそのために闘います。その事がこれからの私の人生であるからです。私は教育者として、人間の道を教え、真実の言葉の意味、そして、真理を教えます。
  そのためにも、私はもう一度教壇に立ちます。
  もう、逃げるのはいやです。
                           暗転

 省三はあの夜に何も起こらなかったが、芳子を意識するようになっていた。
「先生、これでいいのでしょうか」
 佐武役の順子がビスティリックに叫んだ。省三は最近不安定な気分で見ていたことを知った。それをいち早く関知していたのだった。
 順子は農家の娘で幼稚園の先生をしていた。日焼けした大きな声のでる女性だった。オートバイに乗って練習に通っていた。帰りに痴漢に会いオートバイをひっくり返されたというので、あとを走って護衛をしていた。
「すまん、見てなかった」
 省三は正直に言った。
「困ります、真剣に見てください」
「悪かった・・・」
 省三が恐れていたことだった。みんなに気づかれただろうか・・・芳子の仕種が、芳子への眼差しがと省三は思った。
「時々、心ここにあらずです・・・」
 順子は痛いところをついてきた。
「来年の構想を考えていたんだ」
「本当ですか・・・」
 順子は佐武の老いを表現し感情たっぷりに演じていた。省三はギリギリまで注意しないで置こうと思っていたが、
「順ちゃん、佐武は今の君のままで演じ、台詞から感情を取り去ってくれないか」
と省三は駄目を入れたのだった。
「なんでもっと早く言ってくれなかったのですか・・・」        「計算があったのだよ」
「計算てなんですか」
「出来たときにひっくり返すという・・・」
「覚えていてください」
「やって見せてくれないか」 
「ええ、いまからですか」
「そうだ、今からだ」
「やってみます、しっかり見てください」
 順子は立派に演じて見せたのだった。
「いいよ、それでやってくれ」
「なんだか、この方がやりにくいです」
「やり難くてもやってくれ」
「今日もついて来てくれますか」
「ああ、かっこいい後姿を見ながらついていくよ」
「かっこいいかな・・・困ったな・・・」
 順子は笑いながら言った。
 佳世はおせつを演じていた。大人しい性格だが、激しい起伏のある役をこなしていた。校長役の小川、加納と文造役の土師、小使いさん役の古賀、房江役の梶原も順調に上がっていた。子供たちが完全にリードしていた。石井役の芳子はのびのびと演じていた。
 省三はそんな芳子を見ていて、弄ばれているような気になることだあったくらいだった。
「順ちゃん、いい男でも出来たかな」
「はい、何十人もストカーを引き連れて帰っていますから・・・。先生、私は好きになったら私のほうから犯しますから・・・気をつけていてください」
 順子はそう言って省三を睨みつけた。
 順子とは忌憚なく何でも話すことが出来た。冗談も通用した。

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舞台明かりが点く。
お雪  お父!
健次  お父!{叫ぶ}
石井  御免なさい。お雪ちゃんや健次君を悲しませるために読んだのではありません。先生も戦争を憎みます。戦争があった為に多くのお友達はお父さんやお兄さんを戦死されたのです。
 私達は、その人達の尊い犠牲の上に今、こうして生きているのだと言うことを忘れてはいけないと思って・・・先生はみんなに幸せになって貰いたいのです。この願いは長太君の願いでもあると思います。
花江  長太ちゃんの・・・
杏子  あんちゃんの。
石井  先生は長太君の願いをみんなの願いにしたいのです。お雪ちゃん、健次君のお父さんが願っておられた平和をみんなで守っていくことが、私達の努めだと思うのです。それは、この戦争で犠牲になられた尊い命を無駄にしない為にでもなのです。
花江  そうなんじゃな、そうじゃ。
雄三  そうだと思います。
石井  先生は、長太君に相談を掛けられましたが、行かないようにとは言えませんでした。あの頃、忠君愛国、お国の為に死ぬことが立派なことなのだと教えられ、私も教えました。だけど戦争が良いことだとは思っていませんでしたから、はっきりと長太君に答えてあげることが出来ず、曖昧な態度を取ってしまいました。そして、長太君の遺髪を見て、大変な過ちをしたと後悔し、みんなの前から逃げました。でも、それでは長太君の死を無駄にすることになることに気付きました。私は、これから多くの教え子と巡り合うと思います、その度に、長太君の話をし、この戦争を知って貰い、平和がどれほど大切かを考えていこうと思います。
 この作文にもあるように、戦争を憎みます。二度と戦争はいやです。みんなもこのことは確りと覚えていて、子供の父になり母になったら教えてあげて欲しいのです。
        お雪の父、復員兵の姿で登場する。
お雪の父  {窓から覗き}先生!
石井  はい、なにか。
お雪の父  わしは、お雪の父ですが・・・
石井  {驚いて}ええ!お雪ちゃんの。
お雪の父  へい。家に帰ったらだぁれもおらなんだもんで・・・
石井  そうだったんですか、御無事だったのですか。
お雪の父  島の奥へ逃げて隠れておりやした。今帰ったところですが。
石井  {深く頷いて」ご苦労様でした。さぞ・・・{泣いている、お雪を見て}お雪ちゃん、おとうさんですよ。
お雪  {立ち上がって}おとうか、本当におとうか。
        お雪、泣きながらお父の胸に。
 おとう!
お雪の父  おゆき!
お雪  おとうのバカ、バカ・・・戦死したなんて言うから・・・
生きとったんか。生きとったんなら、なんでもっとはょう帰って来なんだん。
        お雪、父の胸を拳で叩く。
        石井は子供達とうれし泣きをしている。
        健次、お雪に近寄って。
健次  お雪、本当に良かったな。
        健次は運動場に駆けり出た。
石井  健次君″!
        石井は健次の後を追った。
                           暗転

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 稽古も追い込みに入り、連日になっていた。
 公演一週間前になると台詞を落とす人が続出していた。
「もう一度覚えなおしてくれ・・・そうすれば完全に体につくから・・・。それに台詞は動きに合わせて体で覚えて欲しい・・・」
 省三は最後の駄目を出して言った。

 十一月三日文化の日、開場前から列が出来ていた。二千二百人の満員の観客が開幕を待っていた。
「楽しんでください・・・青春の一日の命をここで燃やして欲しい」
 少し歯の浮くような言葉を贈って送り出した。戸倉はカメラを提げて客席に回った。
 省三は舞台袖で舞台監督の役をしていた。
「お願いします」
 時計を見て、予ベルの指示を出した。
 開場にベルが大きく鳴り響いた。観客席の明かりが落ちで静かになった。
「行ってきます」
 次々と役の衣装を着込んだ人たちが通り過ぎて言った。
「武者振るいがします」
 順子が舞台袖へ向った。
 子供たちが足音を忍ばせて頭を下げと通り過ぎた。
「行ってきます・・・公演が終わったら付き合ってください」
 芳子がそう言って舞台袖へついた。
 省三は総ての出演者が通り過ぎたのを確認していた。
 踊り場の着替えの衣装を点検した。五分間はあっという間だった。
「お願いいたします」
 省三は本ベルの指示を出した。ベルが鳴り終わったとき、会場に「若鷲の歌」が鳴り響いた。戦勝の模様がスパーで流された。緞帳がゆっくりと上がっていった。省三はインカムで音と明かりの指示を出していた。

「先生、私好きな人が出来ました」
 芳子はそう言って舌をぺろりと出した。
「よかったね・・・それでいいんだ」
 公演は大成功で終わった。そのあと舞台をばらし打ち上げをしていた。
 省三は肩の荷が下りたようにほっとしていた。
 戸倉は広告の集金に走り回っていた。
 みんな飲んだり食べたりして興奮し喜びを言葉に代えて話していた。
 省三は少し離れた席で静かにコーヒーを飲んでいた。客席には育子が子供たちを連れて観に来ていたはずであった。分るが分らないかこれで子供たちに父親の後姿を見せられたと省三は思った。
「先生、今日、送ってくれますか」
 順子がコーヒーのお変わりを持ってきていった。
「飲んでいるのか」
「少し」
 打ち上げの終わりの挨拶までには戸倉も帰ってきた。
「ご苦労様でした」不器用な男だった。
 戸倉は平然と言った。
 芳子は新しく入った宗田と帰っていった。
「さあ、帰りましょう」
 順子が省三と歩き出していた。

公子  ここが、お母さんの教師としての出発点だったってわけ・・・
        公子は佐武を見る。佐武は教室の一つの机に見入
        ったまま、その頬に一筋光るものがある。
 お母さん!
佐武  {語り掛けるように}長太君、私はこの四月一日をもって教員生活を終えたわ。漸く長太君に合いに来れたの。御免無さいね、何時も気になりながら、いいえ
 一時も忘れたことはないわ。・・・三十五年ぶりね。ここの小学校から岡山の学校へ転勤が決まったとき以来ね。
公子  {腕時計を見て}お母さんそろそろ、、みんな待っているわ。
佐武  長太君、今日長太君のお墓参りをするからと、花江ちゃんに連絡したら、みんな集まってくれるって、後でみんなでお参りさせていただくは・・・
公子  お母さん!少ししめっぽいわよ。
佐武  長太君が生きていてくれたら・・・
公子  お母さん、泣いているの。
佐武  思い出してね。{指で頬をぬぐった}
公子  お父さんが交通事故で亡くなった時にも涙を見せなかったお母さんが・・・
佐武  小学校の時なのに良く覚えているわね。
公子  そりゃ、覚えているわ。お母さんは涙が無い人なのかと思ったもの。私一人泣いたもの。
佐武  私は、泣くまいとあの時に誓ったの。泣く暇があったら、しなくてはならないことが沢山あると思ってね。
公子  でも、今のお母さん、人間らしいわ。
佐武  忘れていた、忘れようとしていたのよ。私の教え子の運命を変えた私が私に架せた唯一つの誓いだったのよ。どんな事があっても涙を流すまいと言うことが。
公子  そうだったの。
佐武  泣けたらどんなに楽かと思ったことはしばしばあったわ。
公子  もう、長太君も許してくれるわ。お母さんは教育者として立派だった。娘の私が言うのもなんだけど。
佐武  いいえ、何もしなくったつて、どんどん年は過ぎて行く。だけど今、こうしてこ立ってあの頃を振り返えってみれば、十七歳の私がそこに立って、長太君や、花江ちゃんや、健次君、お雪ちゃん、春子ちゃん、雄三君らが机に座っていて・・・今までの人生がなんだか夢のようだわょ。
公子  お母さんたら・・・それじゃ、私は、これから夢を見るってわけ。
佐武  そうだよ。人生なんて過ぎて見れば夢のようなもの、だけどどんな夢を見るかが問題なんだけれど・・・公子も先生になるんだから、子供達の夢を大切に育ててあげて欲しいわね。教えるのではなく、人間として共に学ぶ、その姿勢が無くては、教育は本当に怖いもの。一つ間違えば、一人の人生を駄目にする。
公子  分かっているって、これでも私はお母さんの娘よ、確りお母さんの後ろ姿を見せて貰ったから・・・
佐武  だったら良いけど、言っとくけどどこの社会でも四五十人を把握出来ない人は、人の上に上がれないのに、教師だけは、最初から三十何人の生徒と付き合う、本当に難しいわょ。
公子  分かっているって、少しお母さんくどいわょ。
佐武  くどいくらいで丁度いいのよ。
公子  もう、お母さんたら。
佐武  お母さんは思うんだよ。今、本当に子供達の瞳は輝いているかってね。教育、その本来の理念がなんだか曖昧になっているようで、まるで、自由とは名ばかりで一つの思想にはめ込もうとしているように思えるんだけれど。
公子  お母さん・・・
佐武  子供達の顔に明るさが無いし、瞳に輝きが無いってことにある種の怖さを感じるのだょ。なんだか、いやなよのなかになるような・・・公子、これは、是非守って欲しいの。おまえの教え子を戦場にやらない。そして、どんな時でも、子供達にとって教師が最高の教育環境でなくてはならないってこと。
公子  分かってるって、お母さん。
        佐武はバックから絵を出して、長太の机であつた
        机の上に広げる。
佐武  長太君!
        その時、嘗ての教え子達が登場する。全員中年で
        あること。
        「ふるさと」のBGMTがINする。
花江  先生!お元気で、ようこそおいでくださいました。
健次  先生、お待ちしとりました。
お雪  先生。
雄三  先生、教員生活ご苦労さまでした。
春子  先生。
杏子  先生・・・
佐武  {一人一人の手を握り}花江ちゃん、健次君、お雪ちゃん、雄三君、春子ちゃんそして、杏子ちゃん・・・皆、昔の面影が・・・
        石井は涙ぐみ、頬に涙が溢れる。
        全員で「先生」と言う。杏子だけがひとテンポ遅
        れる。
        石井を含めて全員泣き笑い。
花江  先生、今日は先生に・・・
雄三  花江ちゃん、言わない方がいいょ。
健次  びっくりして先生がひっくり返るかも知れんぞ。
お雪  そうよ。
佐武  なによ、みんなどうしたと言うの。
杏子  実は・・・
        その時、人民服を着た中年の男が登場する。
長太  先生、せんせい。
佐武  あなたは・・・
        石井はじっと見つめる。
花江  先生、夢ではないんですょ。先生が・・・長太ちゃんなんです。
佐武  なんで・・・なんで・・・               雄三  戦火の中を逃げ惑っている時、中国の人に助けられ、中国人として育てられたのです。今ではすっかり日本語を忘れていますが、先生のことだけは覚えていて、この村のことが分かったらしいのです。
杏子  あんちゃん・・・
佐武  本当に、本当に、夢ではないのね。
お雪  本当の本当ですょ。
佐武  長太君!
        石井は長太の胸の中に飛び込んでいく。
長太  せんせい!
佐武  これが本当なら、今日が私にとって一番の嬉しい日だわ。
公子  お母さん。
        全員が「先生」と叫ぶ。
                        ゆっくりと幕
 

 この「秋の路」ここで終わらせていただきます。
 ご愛読ありがとう御座いました。
 脱稿 2006/02/12 yuu yuu

この小説は 海の華の続編である 冬の華の続編である 春の華の続編である 夏の華の続編である
秋の華
の続編である 冬の路の続編である 春の路の続編である 夏の路の続編である 秋の路の続編である
「冬の空」は彷徨する省三の人生譚である。
この作品は省三40歳からの軌道です・・・。ご興味が御座いましたら華シリーズもお読み頂けましたらうれしゅう御座います・・・お幸せに・・・。 


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